数年ほど前から、びわ湖ホールではゴールデンウィークの時期に合わせて毎年「ラ・フォル・ジュルネ・びわ湖」を開催している。各地で行われている同名のイベントと同じように、3日間の期間中、一演目あたりを小一時間程度の規模の小さなコンサートにしてイベント数を豊富にすることで多数の客の来場を促し、チケットの低価格化を実現している。普段はクラシックコンサートに縁のない小さな子供連れのファミリー客が行楽気分で気軽に本格的なプロの音楽家の演奏に触れあえると言うのが、イベントの狙いだ。そうすることで、クラシックの市場の裾野を広げようという趣旨のようで、実際行楽シーズンの気軽なイベントとして家族づれの客には好評を博しているようだ。こういう時は、普段はクラシックコンサートに行きたくても行けない、より多くの家族づれに一席でも席を譲る思いで参加を見合わせているものだが、今年は前夜祭(4月28日夜7時)に沼尻竜典指揮・日本センチュリー交響楽団の演奏で大好きな「カルミナ・ブラーナ」をやるのと、二日目の4月30日の夕方(16:20)にはロシアのウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、これも好みのラヴェルの「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」、デュカ「魔法使いの弟子」をやるというので、珍しくチケットを予約していた。S席一枚2千円である。

①4/28 LFJびわ湖前夜祭

4月28日夕。びわ湖に面したホワイエの大きなガラス越しには、湖越しにたおやかな比叡山が一望でき、その彼方に乳白色の夕景が静かに染まって行く。まずは前夜祭の「カルミナ・ブラーナ」を大ホールで鑑賞。今年は、1937年7月の初演から80年ということで、結構あちこちでこの曲が演奏されているようだ。直近では大阪フィルが大植英次指揮でやっているようだが、どうだっただろうか。この日は結論から言うと、バリトンの大沼徹が大変素晴らしかった。声質はディースカウにならった大変丁寧で品格のあるソフトな印象のバリトンだが、二部の「酒場で」では豪快で圧倒的な声量とこの歌の性格をよく表現した鬼気迫る演技と表情で、大変聴きごたえがあった。「カルミナ・ブラーナ」を実演で聴くのは今回が3度目になるが、文句なしに今まででは一番だ。この曲は、なんと言ってもバリトンがつまらないと、面白さが半減する。飲んだくれの破戒僧がくだを巻くところなどは演技もそれらしいもので実に表現力ぴったりと言う感じだった。ただ、ファルセットでの最高音部は流石に得意ではないらしく、やや不安定にはなってしまったが、これはこの曲の酷なところで、仕方のないことだろう。ファルセットと言えば、カウンターテノールの藤木大地というのもはじめて聴いたが、愛嬌たっぷりの演技と表現力で、楽しく聴かせてくれた。字幕がないのは残念だが、ローコストのLFJでそこまで求めるのも現実的ではないだろう。

沼尻指揮センチュリー響の演奏も、やはり人気の曲で演奏頻度も高いのか、よく手慣れているという感じで、じゅうぶんに迫力があって、この曲の面白さを体感させてくれた。テンポ感もよく、安心して聴いていることができた。この曲は、途中途中でぐっと遅くなったり早くなったり、野辺の花摘みのような軽やかなところがあったり、酒場での猥雑な喧噪感たっぷりなところなど、そのリズムとテンポの変化自在なところが醍醐味だ。そういうところが、今回のLFJのテーマの「ラ・ダンス 舞曲の祭典」にかなっているのだろう。なによりも圧巻はこの演奏のためだけに臨時で編成された300人近い人数の合唱団の数の多さ!常設のオケを地元に持たない、びわ湖ホール唯一の看板と言える「びわ湖ホール声楽アンサンブル」のメンバーに加えて、昨年末あたりから一般市民公募と言うことで告知がされていたが、よくまあ、この地区でこれだけの数の合唱団が編成できたものだと驚いた。市民公募の臨時編成なので、ちゃんとした演奏が出来るのか半信半疑でいたが、結果はというと、じゅうぶんに素晴らしい合唱で脱帽した。丁寧さとひそやかさや可憐さ、大胆さ、壮大さのどれをとっても十分な聴きごたえで、大変迫力があった。大変聴きごたえのある「カルミナ・ブラーナ」の演奏で、こんな本格的な演奏が2千円という信じられないような価格で聴けるというのは確かに魅力的だ。「カルミナ・ブラーナ」に先立って、一曲目に同じソプラノでJ・シュトラウス「春の声」をやったが、あれは不要で無駄だった。悪いけれども、こんなに弾まないワルツの演奏など久しぶりに耳にした。


②4/30、LFJびわ湖2日目

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イベント2日目の4月30日はGWらしい爽やかな快晴で、浜大津から出航している遊覧船「ミシガン」ではイベントと連動して、船内で無料のミニ・コンサートが行われていた。乗船料もコンサートのチケットを提示すれば千円のディスカウントなのでお得(値引き後1500円)。この日はユーフォニウムとチューバのデュエットで、あの手の手で客を楽しませていたが、ユーフォニウムのやわらかでやさしい音色に癒される。帰港後びわ湖ホールに戻り、16:20より大ホールにてディミトリー・リス指揮ウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、デュカス「魔法使いの弟子」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」を聴く。ウラルフィルなんて言われても、今回の演奏ではじめて知った。大体、モスクワとかザンクト・ペテルブルクなんかは何とはなく想像はできるけど、ウラルなんて言うのは申し訳ないけれども地理の授業で「ウラル山脈」とか耳にしたくらいで、どの辺にあるのかさえよく知らない。グーグルマップで確認してみると、ロシア西部のモスクワから見れば内陸を東へ1500㎞ほど離れたところで、南側は400㎞ほどでカザフスタンとの国境と言った所に「エカテリンブルク」という市街があって、そこが本拠地の、「ロシアでは屈指の」実力のあるオーケストラらしい。LFJ創設者のルネ・マルタン氏との縁も深いということらしいので、このイベントでは常連なのだろうか。私ははじめて知った。

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指揮者のディミトリー・リス氏(1960年生まれ)も初めて知ったが、大変ドラマティックな身体の動きで音楽の「うねり」を表現できる、表現力の豊かな良い指揮者だというのがわかった。左手の優雅で巧みな使い方と、身体の重心を下半身にしっかりと構築した動きは実に安定感があって、この辺のところは先日大阪で観たエルプフィルの若き指揮者のウルバンスキのような下半身に力強さのない、なよっとした感じの指揮者とは大違いで、観ていて迫力がある。やはり「ラ・ヴァルス」や「ボレロ」などは、このような「ねばり感」のある官能性が大事だ。音楽もその通り、芳醇なコクとねばり気のあるダイナミックがあって、実に素晴らしい演奏でよかった。