パレルモ・マッシモ劇場来日公演の最終日となった大阪・フェスティバルホールでの「トスカ」の公演を鑑賞してきた(2017年6月25日午後3時開演)。ここ数年はワーグナーやR.シュトラウス、モーツァルトなどドイツ系のオペラや楽劇を鑑賞する機会が多く、イタリアもののオペラの来日公演を聴きに行くの久しぶりだ。そんな自分でも、かつて10年以上前はイタリアもののオペラの来日公演にも足繁く通っていたのを思い出す。スカラ座はイタリアのなかでも飛びぬけた存在だが、それ以外にもフィレンツェのコムナーレ劇場やローマ歌劇場、ボローニャ歌劇場など、イタリア各地に上質のイタリア・オペラを上演している歌劇場があるのは言うまでもない。西暦2000年前後の10年間ほどにかけて、そうしたイタリア各地の歌劇場の出しものの来日招聘公演のブームが一時、異常に過熱した時期があった。
NBSが招聘するスカラ座(97年ムーティ指揮、パヴァロッティ、グレギーナ、モリス他「トスカ」、2000年ムーティ指揮、ガザーレ、ヴァルガス、レスト他「リゴレット」)は言うに及ばず、他にフィレンツェ歌劇場(96年メータ、グルベローヴァ他「ランメルモールのルチア」)やボローニャ歌劇場(98年ポンス、クーラ、バルツァ、フレーニ他「ジャンニ・スキッキ/カヴァレリア・ルスティカーナ」と「フェドーラ」、2002年グルベローヴァ他「清教徒」)、ローマ歌劇場(2006年デッシー、アルミリアート他「トスカ」)などの公演は、一級品の演奏として記憶に残っている。その他にもトリエステ・ジュゼッペヴェルディ歌劇場の「ルチア」(2003年ボンファデリ他)、ナポリ・サンカルロ劇場「ルイーザ・ミラー」(2005年、フリットリ他)、フェニーチェ歌劇場「真珠とり」(2005年)、ベルガモのドニゼッティ歌劇場「アンナ・ボレーナ」(2007年テオドッシュウ他)などの公演は、西日本では大阪のフェスティバルホールが改築工事中で休館だったため大津のびわ湖ホールでその多くが上演されている。シチリアにはイタリア本土に近い東部カターニャのベッリーニ大劇場と、北西部のパレルモにある大劇場の二大歌劇場があるが、カターニャのベッリーニ大劇場がひと足はやく2003年に来日し、やはりD.テオドッシュウで「ノルマ」を聴いている(上記した公演は全て自分自身が実際に鑑賞したもののみで、観ていない演目は記載していない)。
今回が二回目の来日公演となったパレルモ大劇場は、2007年6、7月に「シチリア島の夕べの祈り」と、「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」で初来日公演を行っている。演目は良いのだが、あまりよく知らない歌手と指揮者のわりには4万円を超える強気な価格に眉唾感を覚え、鑑賞を見送ったのを覚えている。なにしろ、数年足らずの間に上記したいくつもの伊歌劇場が来日し、いくつもの人気演目を上演しただけに、どの歌劇場のチケットがいくら以上でいくら以下だったかいちいち正確に記憶しているわけではないが、パレルモの4万円超えは、妙な感じとしてよく覚えているのだ。他にもローマ歌劇場の「トスカ」も、ムーティでもないのに5万5千円というのも異常だったが、とにかくその時期日本はイタリアオペラマフィアのいいカモにされていたような気がする。ただ、本場の歌劇場によるベッリーニやドニゼッティなどの本格的なベル・カントオペラが立て続けに聴けたのは幸いだった気がする。
さてそのパレルモ大劇場の10年ぶりの二回目の来日公演が今回の「トスカ」と「椿姫」の二演目で、西日本では6月24日にびわ湖ホールで「椿姫」、翌25日に大阪フェスティバルホールで「トスカ」が上演された。そのうちの「トスカ」を大阪で鑑賞。初来日を見送って、10年ぶりの二回目の来日公演を待った結果、同じS席価格は27,500円(会員25,500円)と、内容に見合った妥当な価格となっていたことは評価に値する。演奏を聴いた結果、それは実感として強く感じる。もちろん、悪い演奏ではないが、イタリア各地に数ある名歌劇場の演奏のなかにおいて、特筆するほど上質な演奏であったかというと、それほどのレベルではない。これで価格が4万円を超えていたら、その思いはさらに増しただろうが、結果としてこの価格で聴けた内容としては、妥当なものだったと言える。演奏で期待のレベルにかなったのは、主役のアンジェラ・ゲオルギューひとりのおかげ。歌唱・演技・ルックスとも高度なレベルで、何と言ってもスター歌手の見事な「トスカ」のなりきりぶりは特筆に値する。オペラグラスでずっと見ていても、美しい舞台写真を見ているようで、それだけでも来た値打ちはある。
他の歌手は、カヴァラドッシも悪くはないが、まあ当たり前のレヴェル。スカルピアは声量もいまひとつで演奏の深みも感じられなかった。悪辣さや憎々しさでいうなら、いまのこの国の政治の中心部で起こっていることのほうががもっとスカルピア化してるような気がする。なにしろ政権の手先なら、破廉恥な事件を起こしても逮捕寸前で揉み潰されて被害者が泣き寝入りさせられるという、信じられないような時代だ。どうかスカルピアは舞台の上だけに、悪代官は銀幕のなかだけにしておいてほしいところだ。スカルピアでついでに言うと、第一幕最後のスカルピアのモノローグ「行け、トスカ」のソロの出だしで妙に長い間があいたと感じたのは自分だけだろうか。時間で言えば数秒のことだが、演出にしては不必要な間があって、どう考えてもスカルピア役の歌詞忘れ(プロンプターのミス?)にしか思えなかった。それに続く一幕最後の聖堂での大合唱とオケの演奏がまったく粗削りで迫力がなく、このあたりがこのプロダクションの限界を露呈していたような気がする。さすがにこういうところは同じイタリア歌劇場と言っても、スカラ座あたりの実力にはまるっきりかなわないのがよくわかる。「椿姫」のほうの評判をネットで見ていると、大変好意的な感想が多い、というか絶賛の感想ばかりですね。すみません、個人的な主観でけなしているように見えるかも知れませんが、部分的に多少物足りないと感じる部分があったと言うことで、全体としては決して悪い演奏ではなかったとは思います。舞台のセットはオーソドックスで大変美しく、よく出来たものでした。
この日が日本公演最終日ということで解放感もあったのか、カーテンコールではアンジェラ・ゲオルギューが率先して盛大な歓声に両手を振って笑顔で応えまくっていて、舞台両袖のファンらにステージから握手をしまくりの大サービス。こんな盛大なファンサービスのカーテンコールは流石にいままで見たことがない。去年4月のウィーン国立歌劇場の同演目でのカウフマン「置き去り事件」が広く伝えられているだけに、イメージ回復のチャンスととらえているように見受けられた。
会場:大阪・フェスティバルホール 15時開演
パレルモ・マッシモ劇場「トスカ」
[指揮]ジャンルカ・マルティネンギ
[出演]アンジェラ・ゲオルギュー(S) / マルチェッロ・ジョルダーニ(T) /
セバスティアン・カターナ(Br) 他
[演奏]パレルモ・マッシモ劇場管弦楽団
[合唱]パレルモ・マッシモ劇場合唱団 他