新国立劇場制作で評判の「トスカ」は今シーズン現地初台での公演がこの7月に行われたばかりだが、千秋楽から一週後の先週末21、22日の2日間、提携公演として全く同一のキャストとプロダクションで、大津市のびわ湖ホールで引っ越し上演された。このうち22日の日曜日の公演(15時開演)を観て来た。この新国立劇場の「トスカ」は2000年にプレミエ上演されてから18年になるが、これぞイタリアオペラの醍醐味と言えるほど、豪華で写実的でスケールの大きい本格的な舞台美術と、オリジナルのイメージ通りの演出で大変評価が高いと聞く。この人気のプロダクションがわざわざ東京に出向かなくても、関西のびわ湖ホールで観れることになるとは、実に有難いではないか。昨年はびわ湖ホールの「ミカド」が初台で上演されたばかりだが、それぞれの熱のこもった人気プロダクションが両方で観れるのは、こうした提携の良い結果として観客にフィードバックされていると言うことであり、制作者側だけでなく音楽ファンにとっても、大変意義大きい交流ではないだろうか。
さてオペラ好きにはすでによく知られたプッチーニの人気作品である。いまさらあらすじをおさらいするまでもないだろう。直近では昨年の6月にパレルモ・マッシモ劇場の来日公演で、大阪フェスティバルホールでアンジェラ・ゲオルギューのトスカで観ているが、その時も良い内容だったが、今回はそれにも勝るとも劣らない大変上質の公演であったことは間違いない。タイトルロールのキャサリン・ネーグルスタッドはウィーン国立歌劇場でも同役で歌っているので期待が高い。東京の千秋楽で体調不良で降板し日本人歌手が代役で出演したと聞き心配していたが、この日は予定通り無事出演し、素晴らしく声量のある迫力満点のトスカを聴かせてくれた。気が強そうながらも舞台映えする美しい容姿もトスカにぴったりである。カーテンコール時にひとりよがりなブーイングしている輩がいたようだったが、一体どれだけのものを求めてこういうものを聴きに来ているのだろうか。あからさまな手抜きやどうしようもない不出来があったならば致し方ないことかもしれないが、なんの問題もなく上出来できちんと役をこなしたアーティストに対してこのようなひとりよがりなブーイングを知ったかぶって叫ぶのは、実に非礼でありシラケるものである。
カヴァラドッシのホルヘ・デ・レオン、スカルピアのクラウディオ・スグーラも実に上出来の素晴らしい歌唱で、感動ものであった。トスカは確かに昨年のゲオルギューには及ばないかもしれないが、男性の主役二人とオケの演奏いずれも、昨年のパレルモ・マッシモの出来を上回っていたと思う。とくに長身のクラウディオ・スグーラのスカルピアは非常にドスの効いた迫力ある低音とピッタリのルックスでまさに適役だった。ドン・ジョヴァンニとかイヤーゴなんかは、いますぐにでも聴きたいという感じだった。東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も、実に繊細かつ豪快で美しい演奏だった(一度ヴィオラのソロで思いっきりヨロケた箇所があったが、全体の出来からすれば些細なことである)。ただ、新国立とびわ湖の混声の合唱は、ちょっと人数が多いだけで、感動的な出来とまでは自分には思えなかった。指揮者のロレンツォ・ヴィオッティはまだ20代とのことだが、経歴を見ると2013年のデビュー以来トントン拍子で主要劇場の大舞台を多数経験しており、若くして華々しい躍進とは文字通りこういうことを言うのだろう。新国立の2000年の「トスカ」のプレミエ公演を指揮し、2005年に急逝したマルチェッロ・ヴィオッティの子息であるとのこと。その他、脇を固める日本人歌手も実に手堅く見応え、聴き応えがあった。
しかしまあ、なんと言ってもこの絢爛豪華で写実性が高く、実に本格的で美しいこの舞台セット(照明含む)と衣装こそがこのプロダクションの最大の見ものであることは疑いないことだろう。こうしたオーソドックスな舞台と衣装はどこか一部にでも中途半端な箇所があると、それだけで気の抜けたビールのようになってしまう恐れがあるが、ここまで徹底して完成度が高く、中途半端な箇所が一切ない舞台美術を作り上げるというのは、並み大抵ではなく、予算もかかることだろう。実に贅沢で原作オリジナルの印象に近い舞台演出である。もとの演出家のアントネッロ・マダウ=ディアツ氏が亡き現在、終演後のカーテンコールでは、最後に再演監督の田口道子氏が登壇して労いを受けておられた(なお舞台美術は川口直次、照明奥畑康夫、衣装ピエール・ルチアーノ・カヴァロッティ)。最近ではこうした本格的で気合の入った(予算も含めて)舞台美術や衣装を目にすることができるのも、METくらいになっているのではないだろうか。つい最近の新国立のカタリーナ・ワーグナーの「フィデリオ」でも当初から見込まれた通り、日頃「最近の欧州流の現代版移し替え演出は意味不明で…」とグチばかりのオールド・ファンは、なにも無理して新しいものなど観て冷や水を浴びずとも、この「トスカ」のような舞台を繰り返し何度でも観て溜飲を下げていればよいのだ。「そうだ!これこそオペラの醍醐味なんだから!」。これでS席18,000円(会員17,000円)はスーパーリーズナブルなお値打ち公演だったにも関わらず後方やサイドの席には結構空席も多く、まだ団体でも入れるくらいの入り具合だった。せっかくの優良公演だったのに、来られなかった人はいいものを見逃されましたですな… まあ、このクソ暑い時節も時節ですから。お身体お大事に。
1800年ナポレオン当時のローマでの親共和派のアンジェロッティやカヴァラドッシらと、反共和派で親ハプスブルク派で教皇派のスカルピアとの政治的確執が伏線となっているが、オペラではその辺りは背景がわかる程度であくまでもトスカとカヴァラドッシの悲恋を主軸に、なによりもプッチーニらしい美しい旋律の音楽たっぷりで描かれる。その辺の政治的な伏線のところは原作のサルドゥの「ラ・トスカ」に詳しく描かれているようだが、原作まではもちろん読んでいない。ネットであたってみると、家田淳さんという洗足音大講師の方のブログでかなり詳細に紹介されていて参考になった。
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ
出演:トスカ キャサリン・ネーグルスタッド
カヴァラドッシ ホルヘ・デ・レオン
スカルピア クラウディオ・スグーラ
アンジェロッティ 久保田真澄
スポレッタ 今尾 滋
シャルローネ 大塚博章
堂守 志村文彦
看守 秋本 健
羊飼い 前川依子
合唱:新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱:大津児童合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団