びわ湖ホール開館20周年記念の催しとして当初9月30日(日)午後2時開演の予定だったのが、当日が台風直撃の影響で航空便やJRなど主要な交通機関もストップとの発表もあり、結局当日の演奏会は中止となり、一日前倒しで本日9月29日(土)午後4時からの「特別演奏会」の開催に急遽変更となった。
もっとも、びわ湖ホールからは直前にメールやHPで案内があり、最初の案内が28日にあった時点では、30日当日の当初予定の演奏会については遅くとも当日午前10時までに開催か中止かを決めるとし、それとは別に、当初の予定にはなかった前日29日に急遽この「特別演奏会」を実施するとのことだった。30日のチケット購入者はそのチケットの席が29日も有効で、もし30日も予定通り演奏会が実施されれば当日も有効とのことだったので、運が良ければ同じ演奏会が同じ席で二日連日鑑賞できる可能性もその時点ではあった。結局最終的には上記のように29日午後3時の時点で、当初の30日の予定の演奏会の中止が発表されたので、一日前の「特別演奏会」に来場できた客のみが、当初予定の演奏を聴くことができたというわけである。
さて、マーラー作曲交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」。よく知られている通り、この曲はオケの構成人数も合唱の人数も他に比類のない大規模なもので、今回のリスト(プログラム記載)を一瞥するだけでもオケは約140人、合唱約250人、児童合唱約40人にソリスト8人、合わせると400人を優に超える超大規模なスケールの大きい一大イベントであるので、その準備には相当の労力がかかっている。そのうえ約1800席のチケットが当初の予定では全席完売している期待値の大きい公演である。いくら台風直撃の不可抗力とは言え、みすみすこの事業が中止により完全にお蔵入りでゼロの結果になってしまうのは、金銭だけの問題ではなく、芸術上の損失の意味でも本当にもったいない。そこで主催者が直前二日前に決めたのが、予定になかった前日の前倒し開催である。これだけの大規模な演奏会なので、幸いもともと出演者全員参加によるゲネプロが予定されていたのだろう。なので、せっかくなのでそのゲネプロを急遽、本番に前倒しにしてしまおう。そう決めた沼尻芸術監督と山中館長の決断は英断であったと思う。急遽事前の案内があったとは言え、完売のチケット購入者の全員が二日前に予定を変更できるわけではなく、何割かの客は涙をのんで払い戻ししてもらう他ないが、公演中止でまったくゼロになってしまうよりは、来れる客だけでも聴ける可能性を残した訳だから、何倍もベターな選択だっただろう。実際、本日の特別演奏会の客入りは約7割程度(よりは少ないか?)と言ったところで、千人ていどの客は救済されたのではないだろうか(追記:翌日の京都新聞の記事では約800人の来場となっていた)。また、購入者全員が来場できないことを見込んで、急遽5千円の当日券も発売するとの案内もあったので、もともと完売で購入できなかった人にも救いがあったわけだが、見たところ当日券売り場にはさほど多くの人が並んでいるようには見えなかった。そういうわけで、急遽予定が変更できずに本日来場することが叶わなかった方には、30日当日の公演中止は残念な結果となりました。また知事選の大事な投票日が台風という沖縄県民のかたも大変でしょう。これ以上自然災害の被害が広がらないことを祈る他ありません。
さて「大地の歌」も入れると計10曲からなるマーラーの交響曲では、1番と5番がなんと言っても実演で聴く機会がもっとも多いのではないか。次いで4番、また9番の人気も高い。2番、3番もなかなか規模が大きい。6番と7番も演奏者には難曲そうだが、最近では結構人気が高いように思えるし、個人的には大好きな曲だ。そう言えば「大地の歌」は実演ではまだ聴いていないか、よく振り返ってみると。そして8番は、上記のように構成が破格の巨大規模ということで実演で聴く機会もまれだし、録音や録画で視聴していてもいまひとつ馴染みが薄かった(追記:びわ湖ホールとも縁が深い某著名評論家先生によると「マーラーの交響曲のなかでは事大主義的で、唯一あまり好きではない」というコメントをされていて、「まあ、ちょっとご大層な曲だよな」というのは自分も薄々同じように感じていたところはある)。一部がラテン語で二部がドイツ語と言う構成は個人的には大好きな「カルミナ・ブラーナ」と共通で、二部の「ファウスト」も馴染みはあるのだが、この曲の歌詞内容はやや難解で日本語訳詞を眺めていても没入できなかった。とはいえ、このような大曲が関西圏にあるびわ湖ホールの開館20周年記念と言うちょうど節目の行事の目玉公演として聴けたのはタイミングがよかった。
それにしても凄い規模だ。上にも書いたがオケだけでもステージ上びっしりの百数十人で、京響の楽団員に加えて46人の客演・契約演奏者が加わり、コンマスも神奈川フィルの石田泰尚氏のゲスト・コンマス。オケの後方には、ステージ奥まで全9段のひな壇に約250人以上の男女・児童の合唱がびっしりと並ぶ様はまことに壮観。このような特別な機会の特別な曲でなければ、通常では目にすることがないような規模だ。それに加えて曲の中ほどとフィナーレでは3階左翼に7名ほどの金管のバンダが配置され、豪快な咆哮を轟かせてくれて圧倒的な迫力だ。自席は右バルコンだったので左翼のバンダがよく聴こえてよかった。逆に幸田浩子さんの栄光の聖母の歌唱は多分自席の真上くらいの3階右翼からの歌唱だったようで、姿は見えずエコーのように聴こえた。ソリストは指揮者の右側(上手)にテノール清水、バリトン黒田、バス伊藤の各氏、左側(下手)にソプラノ横山、砂川、アルト谷口、竹本の各氏。どの歌手も実力派で、このびわ湖ホールでの「ニーベルンクの指環」公演でも目に(耳に)した人も出ている。抜きん出てたまげるような声量とか言うようなことはないけれども、聴き応え十分な立派な歌唱だった。250人を超える大合唱も平坦なところや粗っぽいところもなく、美しく深みのある合唱で大変すばらしかった。特にフィナーレの「神秘の合唱」冒頭の「Alles Vergeangliche ist nur ein Gleichnis」(すべて移ろい行くものは あくまで比喩のようなものにすぎない)の入りのところは実に精妙、神秘的で美しく、感動的だった。そしてなによりもこの大曲をこのような特別編成版、大オーケストラの圧倒的な演奏で鳴らしきった沼尻芸術監督に喝采をおくりたい。聴き応えじゅうぶんの、素晴らしい特別演奏会だった。びわ湖ホールには、今後もこうした質の高い公演の実現に引き続き取り組んで頂き、広い地域からのより厚い客層に素晴らしい感動を与えて頂きたいものである。(2018年9月29日(土)午後4時開演 びわ湖ホール)
びわ湖ホールtwitterより
京都新聞記事より
指揮:沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)
管弦楽:京都市交響楽団
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、「千人の交響曲」合唱団
児童合唱:大津児童合唱団
ソプラノI:横山恵子/ソプラノII:砂川涼子/ソプラノIII:幸田浩子
アルトI:谷口睦美/アルトII:竹本節子
テノール:清水徹太郎
バリトン:黒田博
バス:伊藤貴之
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、「千人の交響曲」合唱団
児童合唱:大津児童合唱団
ソプラノI:横山恵子/ソプラノII:砂川涼子/ソプラノIII:幸田浩子
アルトI:谷口睦美/アルトII:竹本節子
テノール:清水徹太郎
バリトン:黒田博
バス:伊藤貴之