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年末の「第九」の演奏会に出向いて鑑賞する蛮勇がないので、ここ最近は自室のオーディオセットでの「第九」鑑賞の日々が続いている。やはり時期的に「フルトヴェングラーの第九」に関心がある人が多いようで、このブログでも過去取り上げたフルトヴェングラーの第九に関する記事へのアクセスがそこそこある。そう言えば前回フルヴェンの第九として取り上げた「②1952年2月3日ニコライコンサートでのウィーンフィルとの第九」の記事を書いたのが2015年12月のことで、早いものでそれからもう早や5年が経つ。その時の記事では、②のCDの感想が主になっていたのだが、ほぼ同時期に購入した「①1954年8月22日ルツェルン音楽祭でのフィルハーモニア管との第九」も、これがまた大変素晴らしい演奏と、なによりも各種聴いた同指揮者の50年代の「第九」のCDのなかではずば抜けて高品質な音質で、最愛聴盤のCDとなっている。自分自身は、特段熱心なフルヴェンのマニアというわけでもないので、51年のバイロイト盤以前の、戦前・戦中のベルリンフィルとの録音などのことは、あまりよくは知らない。なので、この指揮者の壮年期の(よく言われる)霊感的な演奏はよく知らないので比較はできないが、確かにこれを聴くと急激なテンポの変化のような即興性は、いくぶん穏やかになっているのであろうことはうかがえる。きっとそう言った昔の録音に比べると、安定感のある演奏ということなのだろう。しかし渾身の演奏であることは間違いなく伝わってくるので、自分にはもっとも聴きやすい演奏だ。音質の問題だけではなく、演奏の丁寧さもあると思う。

オケの演奏だけでなく、肝心の第4楽章の「合唱」(ルツェルン祝祭合唱団)が、とりわけフルトヴェングラーの他の50年代の演奏と比べると、非常にクリアに収録・再生され、一音一音がはっきりと聴きとりやすく、かつ素晴らしい合唱であることが堪能できるのも高評価ポイントだ。最終部に近い "Ihr sturzt nieder, Millionen? " の頭の「Ihr」の繊細な発声が実に神秘的でぞくっと来て、堪らない。ソリストで言うとバリトンのオットー・エーデルマンはバイロイトの時と同じだが、テナーはこちらはエルンスト・ヘフリガーで、バイロイトでのハンス・ホップよりも自分の好みに合っているし、歌唱も聴き取りやすい。ただしソプラノのエリザベート・シュワルツコップの演奏はバイロイトの時のほうがより輝いていたように思える。後半の四重唱の部分も丁寧な演奏でそれぞれの音に干渉して聴き取りにくくなることもなくクリアによく聴こえる。

このCDは、比較的最近の2014年の発売(audite)である。キングから出ている旧チェトラ盤とは異なる音源のようで、こちらはSRFと表記されているから、スイスラジオ放送局で厳重に保管されていたオリジナルテープから76cm/秒のテープスピードで高品位リマスター処理されたものとの解説がある。ノイズは全くなく、耳障りなキツイ刺激音も皆無で、実に生理的に心地よく音がからだに入ってくる。もちろん、音像はくっきりとしていて音に芯があり、奥行きが深く立体感に富んでいる。もちろんモノラルだが、味気の無いふやけた演奏をステレオで聴いているよりはるかに心地よい時間を過ごすことができる。もっともそれなりの再生能力のある装置で聴くことが条件ではあるが。かく言う自分も、20数年前にオーディオセットを一新する以前のありふれた装置で聴いていた頃には、50年代のモノラル録音のCDにこれだけ魅了されることになろうとは思ってもいなかった。


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以前5年前に取り上げた「②1952年2月3日ニコライコンサートでのウィーンフィルとの第九」(tahra)も悪くはないが、このルツェルンでの新盤を耳にすると、演奏は良いがやはりやや音質面で最良とは言えない部分も感じられてしまう。ただし、比較的良好な音質で聴けるフルトヴェングラーとウィーンフィルの戦後の「第九」演奏の記録として、次の「③④1953年5月30日ウィーン音楽週間でのウィーンフィルとの第九」と並んで必聴盤であることは言えるだろう。ヒルデ・ギューデン、ロセッテ・アンダイ、ユリウス・パツァーク、アルフレート・ペルらソリストも豪華で聴きごたえがある。

③はウィーンフィル創立150年記念として90年代初めにDG(ポリドール)から出されたもので、④は2004年にAltusからリリースされた。リマスター好きには④が人気があるだろうが、自分には全体的に刺激音が強めなのが気になり、値段が高かった割りには好みの音ではなく、あまり楽しめていない。今となっては旧盤ではあるが、③のほうが刺激音がなく比較的聴きやすい音質で、普通によい演奏が聴けて楽しめている。

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ついでに有名な1951年7月29日の戦後再開バイロイト音楽祭初日の演奏は⑤が従来から東芝EMIから出ていた国内盤(91年か92年頃購入)と、⑥バイエルン放送局音源でORFEOから2008年に出されたリマスター版だが、やはりリマスター盤のほうは高音域の刺激感が好みでなく、従来の⑤のほうが全く問題なく良い音質の素晴らしい演奏だと思える。この優良な音質で、この年のバイロイトでの他のワーグナー作品も同じように録音されていたらと思うと実に心残りではある。もう30年近く前に買ったCDだが、文字通りいつまでも色褪せない名盤と言えるだろう。宇野功芳の解説は好みが分かれるだろうが。⑤には冒頭、演奏開始前に指揮者が登壇する際の聴衆の割れんばかりの喝采と足踏みの音が収録されているが(「足音入り」と言うのがこのCDのキャッチコピーとなっていたが、それは「指揮者の足音」の意味もあるだろうが、実際にバイロイトで鑑賞した者にとっては会場の聴衆の「足踏み」の音というほうがしっくりと来るような気がする)、⑥にはそれはなく、かわりに演奏が始まって冒頭のしばらくの間、しきりに静かにしろと注意を促す「シーッ!」という音が収録されている。この音は⑤では聴こえていなかったと思う。高精細を謳うリマスターが、必ずしも自分の好みに合う音になっているかいないかは、実際に自分の耳で聴いてみるまでは本当にわからないものだとつくづく実感する。もちろん、リマスターの結果、驚くような高音質になっている場合も多々ある。

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(データ)
①1954年8月22日ルツェルン音楽祭 
演奏:フィルハーモニア管弦楽団 合唱:ルツェルン祝祭合唱団 sop エリザベート・シュワルツコップ alt エルザ・カベルティ tenor エルンスト・ヘフリガー bar オットー・エーデルマン

②1952年2月3日ウィーンフィル・ニコライコンサート(楽友協会大ホール)
演奏:ウィーンフィル 合唱:ウィーン・ジング・アカデミー合唱団 sop ヒルデ・ギューデン  alt ロセッテ・アンダイ tenor ユリウス・パツァーク bar アルフレート・ペル

③④1953年5月30日ウィーン音楽週間でのウィーンフィル(楽友協会大ホール)
演奏:ウィーンフィル 合唱:ウィーン・ジング・アカデミー合唱団 sop イルムガルド・ゼーフリード  alt ロセッテ・アンダイ tenor アントン・デルモータ bar パウル・シェフラー

⑤⑥1951年7月29日バイロイト音楽祭初日の再開記念演奏会(バイロイト祝祭大劇場)
演奏:バイロイト祝祭管弦楽団 合唱:バイロイト祝祭合唱団 sop エリザベート・シュワルツコップ alt エリザベート・ヘンゲン tenor ハンス・ホップ bar オットー・エーデルマン