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Amazonプライムで、SFドラマシリーズの「高い城の男」シーズン1~4全40話を鑑賞した。

Amazonプライムというのは今まで利用したことがなかったのだが、先日書籍を発注した際に間違って「プライムを利用する」を一度クリックしてしまったら最後、利用の中断はできるが、登録の取り消しそのものはできない仕組みらしい。すぐに気づいて中断手続きはしたので課金が発生することはないと思うが、一か月間無料利用サービスというのはそのまま有効らしく、注文した本は翌日に自宅に届き、その間はAmazonプライムビデオも無料で視聴できるとのことらしかった。意図的に利用者が気づかないような方法で登録に誘導してしまう方法には違和感があるので今まで注意して登録を避けてきたつもりだったが、今回はうっかりとその手に乗せられてしまった。まあ、その日から一か月が経過すれば利用料は課金されることはないだろうし、その間は無料でプライムを体験できるということらしいので、この際に観てみたい映画やドラマがあれば観ておこうという気になった。幸か不幸かコロナの影響で帰宅が早い日も以前よりは多いので、自宅でビデオを観る時間は結構ある。ならばということで、全40話もあるシリーズドラマも観れるだろうと思い、あらすじで興味を持ったこのドラマを観てみることにした。

映画「ブレードランナー」や「トータルリコール」、「マイノリティレポート」などの原作者でもある米SF作家フィリップ・K・ディックによるSF小説「高い城の男(The Man In The High Castle)」が原作の、Amazonによるオリジナルドラマで、「ブレードランナー」のリドリー・スコットが製作総指揮を手がけた。シーズン1の10話は2016年12月に日本公開。続くシーズン2の10話は2017年1月、シーズン3の10話は2018年10月、最終となるシーズン4の10話は2019年11月にそれぞれ日本公開された。一話あたり平均50分から70分の全40話を約10日間で一気に鑑賞した。じつによくできた面白いシリーズドラマで、一気にその内容に惹きこまれた。リドリー・スコットによる、日本を感じさせるけれどもよく見るとどことなく国籍不明で雑然として怪しげな街の風景の描写は、日本支配地区中心都市のサン・フランシスコの描写によく表れていて、「ブレードランナー」を彷彿させる。

原作は読んでいないので、以下で取り上げるのはあくまでドラマの「高い城の男」に限っての話しである。このドラマの基軸はSF小説、即ちサイエンスフィクションであり空想科学小説である。「もし〇〇が〇〇だったら」という空想が基本なので、現実にはありえない荒唐無稽なストーリー展開ではあるけれども、それをわかったうえで観たものがどう理解し、どう考えるかを問われる、なかなかよく練られたエンターテインメントである。

このドラマでは、第二次世界大戦が連合国側の勝利ではなく、枢軸国側が勝利していたとしたら、その後の世界はどうなっていて、人間社会はどうなっているかという仮定から、これを枢軸側が支配するその世界と、連合国側が勝利した別の世界(我々にとってはこちらの世界)のパラレルワールドとして描いている。なので、ドラマの舞台となっているのは、ナチスの原爆がワシントンD.C.を壊滅させ、アメリカ合衆国が敗北して国土の東側一帯がナチスにより支配されて「大ナチス帝国」の一部となり、西海岸のアラスカからカリフォルニアにかけての一帯が「日本太平洋合衆国」として日本支配下となり、ロッキー山脈一帯の中部が「中立地帯」という分断国家となっている。終戦後15年ほど経った1962年の北米が舞台で、ニューヨークを拠点とする東側はナチスによる恐怖政治、サンフランシスコを拠点とする西海岸側は日本の冷酷な憲兵隊が傍若無人にのさばり、中立地帯には戦争から逃れた人々の難民地域となっているが、無法地帯となっていて経済状況がひどいうえに治安が極度に悪く、ナチによるアメリカでの絶滅政策から逃れたユダヤ人たちを捕らえる賞金稼ぎ(バウンティハンター)らも暗躍していて、旧アメリカ合衆国のどこにも普通の人々が安らいで暮らせる場所はないディストピアとなっている。一部にレジスタンスによる抵抗運動が続いているが、厳しく弾圧されている。

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「この世界」ではヒトラーは戦後も存命でこのストーリーのなかでも登場するし、ヒムラーもいればラインハルト・ハイドリヒもいるし、アイヒマンもメンゲレ医師も登場する。J・エドガー・フーヴァーも得意の盗聴とゆすり、タレコミでナチスの恐怖政治を生きながらえている。この辺は、そもそもSFなんだからなんでもありだ。ヒトラーがアルベルト・シュペーアに描かせた「大ゲルマニア計画」により完成した世界首都ベルリンは、壮大な威容のフォルクスハッレ(聖杯神殿)を中心にCGで実にリアルに再現されている。大ゲルマニア計画では、現在のベルリン中央駅の南側のシュプレー川の対岸にあるシュプレーボーゲン公園のあたりから現在の国会議事堂にかけての付近一帯が、本来ならこの壮大なフォルクスハッレの建設が予定されていたところだ。ここからテンペルホーフ空港までの約5㎞の直線道路がメインストリートとして南北を貫き、南側には巨大凱旋門と鉄道中央駅が建設の予定だった。全景を俯瞰したCGの動画をよく見ると、戦勝塔を過ぎてティーアガルテンの向こうの右隅に、なぜかフィルハーモニーらしき特徴のある建物が小さく映っている。この世界でもベルリンには同じようにフィルハーモニーがあるということなのか、単に消し込み忘れなのかは、わからない。一方、アメリカ側の大ナチス帝国では、フィラデルフィアのリバティ・ベル(自由の鐘)が溶解されて鉤十字のオブジェに変えられ、ニューヨークの自由の女神はヒムラーの眼前でナチス攻撃機のミサイルにより破壊され、かわりに安楽死対象の難病となり自ら死を選んで「犠牲的精神の英雄」の虚像に祭り上げられたトーマス・スミス(旧アメリカ陸軍から戦後ナチスに鞍替えし、この後米ナチの元帥となるジョン・スミス上級大将の長男)の巨大な銅像がそれに代わって建造された。空には1960年代はじめのこの時期にすでに、コンコルドタイプの音速ジェット旅客機が飛び交っていて、ドイツとニューヨークを3時間で結んでいたり、弾丸列車が開発されている。

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話しを本筋に戻すと、日本とナチスは表面上は友好関係を装っているが、世界をほぼ支配するナチスはアメリカ大陸から日本を追い出そうと、陰で様々な謀略をしかけて開戦の機会を虎視眈々と狙っている。皇太子がサンフランシスコを訪問した際にはナチスの工作員が狙撃して暗殺未遂事件をおこして日本を挑発し、日本側から開戦させようとの謀略に出るが、それを察知した憲兵隊の木戸警部はナチの下手人を射殺し、冤罪の容疑者をでっちあげてでも挑発を回避する。

ヒトラーは日本との友好維持に努めようとしているが、健康状態が悪く先が長くないことを周囲に悟られており、次期総統の座を巡ってハイドリッヒが虎視眈々と謀略を仕組んでいる。ハイドリッヒはヒトラー暗殺を企て、米西海岸側の日本太平洋合衆国の各都市に核攻撃を仕掛けて壊滅を目論むが、計画が露見してナチスのアメリカ側責任者のジョン・スミス大将(このドラマの主人公のひとり)により粛清される。一時は暗殺を逃れたヒトラーだが、その後ハイドリッヒと結託した総統代理のマルティン・ホイスマン首相により毒殺される。ホイスマンは、これをでたらめにも日本側の暗殺と発表し、これを口実に西海岸への核攻撃の開戦準備をするが、寸前にジョン・スミス大将が副総統のハインリッヒ・ヒムラーにハイドリッヒの計画を報告し、ホイスマンはその場でヒムラーの命で逮捕され、後に粛清される(追記:ホイスマンは我々の史実ではヒトラーの秘書官として隠然たる権勢を握っていたマルティン・ボルマンをモデルとしていると思われる)。

ヒムラーにより西海岸への総攻撃は中止され、これを機にヒムラーが正式に総統となり、ジョン・スミスは上級大将に昇進し、その後元帥へと昇格する。こう書くといかにも順風満帆な出世物語りのように聞こえるかもしれないが、事実はまったくの逆であって、ペテンと謀略、裏切りに次ぐ裏切りの連続で、ナチに人生を預けてしまった人間の、常に殺すか殺されるかの瀬戸際の運命に翻弄される姿を描いている。その後ジョン・スミスは自分の手でヒムラーを殺害し、その間にウィルヘルム・ゴーツマン大将がアイヒマンら日本攻撃作戦関係者ら全員を射殺し、この二人によるクーデターが成功する。ジョンの自宅で盗聴した家族の会話をヒムラーはじめ中枢首脳部らの面前で公開し、ジョンを葬ろうとしたJ・E・フーヴァーも、ジョン自身の手により刺殺された。これによりジョン・スミスはアメリカの大ナチス帝国の総統、ゴーツマンがヨーロッパ本土の総統として世界を二分する。最終的には、やはり西海岸地区への攻撃と人種絶滅計画をアメリカでも推進する途上で、ジョン・スミスはレジスタンス側の襲撃を受け、もうひとりの主人公ジュリアナ・クレインが見守る前で拳銃により自殺をする。

ジュリアナ・クレインは、サン・フランシスコで暮らす合気道の達人で、ある日妹のトゥルーディから預けられた謎の映画フィルムをめぐって、波乱に満ちたトラブルに巻き込まれて行く。そのフィルムには、第二次大戦で連合国側が勝利する様子が写っていた。日本は敗戦し、ベルリンは砲撃で廃墟となり、巨大なナチスの鉤十字が砲撃で粉微塵に破壊され、チャーチルが指でⅤサインを掲げ、ニューヨークでは歓喜に沸く祝勝パレードの様子が写っていた。それはジュリアナがいる、連合国が負けてナチスが勝った世界とは逆の世界の映像だった。「この世界」に居場所が感じられないジュリアナにとって、そのフィルムの映像の中の世界こそ、自分がいるべき世界だということに気が付いた。トゥルーディは憲兵隊に射殺され、代わりにジュリアナがそのフィルムを持って中立地帯にある「キャノンシティ」という町に行き、指定された一軒の食堂でその後の展開を待つが、誰が待ち人かわからない。フィルムをめぐってトラブルに巻き込まれ、相手をダムに落として殺してしまったところを、知り合ったばかりのトラックドライバーに助けられる。この男はジョー・ブレイクと名乗り、この後ジュリアナと行動を共にして彼女がフィルムを謎の男に届けるのを手伝うが、実はナチスのスパイだった。上司はジョン・スミス大将で、後になってわかることだが、マルティン・ホイスマンの一人息子であり、ヒムラーが手掛けた「レーベンスボルン(生命の泉)」計画により生み出された「ナチスの子ども」のひとりだった。ベルリンに戻った際に父マルティン・ホイスマンが関わった国家反逆罪への関与を問われ、拘禁・尋問を受けた後、自分の手で父を射殺することを命じられる。以降はナチスの暗殺者として使われることになるが、任務中に再会したジュリアナに機密情報を探られ、彼女を拘束しようとしたところを逆にカミソリで喉元を切り裂かれて絶命する。

日本太平洋合衆国の主要登場人物としては、通商大臣の田上信輔(Tagomi)がはじめのうちはどういう位置づけなのかやや謎めいた存在のように思われたが、次第に破壊的な戦争行為よりも平和的解決を模索し、皇太子妃からも信頼されている人物だということがわかってくる。ジュリアナ・クレインとともに「異世界=パラレルワールド」を行き来できる「トラベラー」のひとりで、連合国側が勝利したほうの世界では(自分の世界では戦死した)息子と、その嫁であるジュリアナ・クレイン、孫とともに家族として暮らしていることになっている。時あたかもキューバ核危機のただ中にあり、家族とは反核・反戦運動などをめぐってひと悶着あったようだが、平和の大事さを身をもって経験したのか、自ら家族に向き合い直して和解し合ったように描かれている。世界が核戦争の危機を克服したことを自分の目で体験し、もと居た自分の世界に戻ってからも和平への意を強くして事にあたっている。そういうこともあって、この日本太平洋合衆国の世界に戻ってもジュリアナを秘書として身近に置き、こころが通じ合っている。

その後、田上は何者かに暗殺されるが、これを捜査する憲兵隊の木戸警部は陸軍の矢守大将から捜査の中止を申し渡される。海軍の猪口提督が反乱軍であるBCR(Black Communist Rebellion)と内通し、田上大臣を暗殺したとの濡れ衣を着せられて軍法会議で死刑を宣言される。矢守らが見守るなか、処刑場で銃殺隊が猪口に向け銃を構えたその時、木戸(軍の階級は大尉)は銃殺隊に回れ右をさせ、矢守大将を田上大臣殺害容疑で逮捕し、飯島大尉を射殺する(矢守はその後、獄中で自害する)。木戸は飯島が犯行を自供した内容をテープに録音していたのだ。この局面では、すんでのところで皇太子妃の和平の意を受けた猪口提督を守って忠誠心を見せた木戸ではあるが、これ以外のほとんどの捜査の場面では、冷酷に捜査対象を処刑して行く冷血漢として描かれており、強く印象に残る。ジュリアナの元恋人でレジスタンスに加担して憲兵隊本部で大規模な爆破テロを起こしたフランク・フリンクを執拗に中立地帯まで追いつめて拘束し、自らの手で斬首したのもこの男だが、もとはと言えばフランクの姉とその子供たちを木戸がガス室で殺したことがその発端だった。それにしてもこれを演じるジョエル・デ・ラ・フエンテという日系の顔立ち(実はフィリピン系)の俳優の演技は実に印象に残る。時々話す強烈に違和感のある日本語の発音のひどさとともに(しかし、それがまた別な味わいを生むのだから、否定するわけではない)。

最終的に、日本は石油の禁輸などナチスの圧迫やレジスタンス(特に黒人側のBCR)によるテロの頻発等で統治不能となり、西海岸から全面撤退する。この際、天皇の玉音放送らしきものがテレビの映像で流されているのが確認できる。日本統治区域では白黒の放送、ドイツ統治区域側ではカラーのTV放送など、技術の発達に差が出ている点などは芸が細かい。電話機も日本側は旧式のダイヤル電話でドイツ側はプッシュフォンやTV電話も使われている。

あとは、フランク・フリンクの友人のエド・マッカーシーという男色の若い男と、骨董品店の店主のチルダン(上得意客がほぼ日本人なので、日本語は少し話せて、日本の文化への愛着も深いが、基本的にはその場その場の口八丁手八丁なところがある)の二人の存在は、緊張感が続きっぱなしのこのドラマのなかで、唯一緊張感を解いてくれるオアシス的存在だ。「スターウォーズ」のC3POとR2D2のような存在。中立地帯にやってきたエドがさっそく同性の恋人と仲良くなる場面は、いかにも最初からそうなりそうな予感がしていて微笑ましかった。フランクのことも徹底して支援や手助けをしたりして、どうしてそこまで優しい男なんだと思っていたが、そういう伏線があったわけだ。

それはそうと、ジョン・スミスとその妻のヘレンが最終話でレジスタンスから襲撃を受けるのは、とある鉱山の坑道に密かにナチスが「ニーベンベルト(Nebenwelt)計画」として開発した時空間移動のための「扉(ポータル)」という装置がある場所で、シーズン4の中でそれが完成され、ジョン・スミスはここから「あちらの世界」に行き、そこで生きている息子のトーマスとの再会を果たして、再び「こちら」に戻って来ている。いかにもSFらしいところだが、この装置を開発したのがまた、ヨーゼフ・メンゲレとなっていて失笑する。いくら悪魔の医師だったとは言え、医学が専門だったメンゲレが、こうした物理学的な専門知識が必要な装置の開発を主導するなどと言うのは、あまりにスーパーマンでご都合主義すぎる。それと、このニーベンベルト計画の「扉(ポータル)」という異空間への出入り口が、いかにもベルリン・ドイツ・オペラの「トンネル・リング」を思い起こさせるイメージだ。シリーズ最後の場面は、このトンネル(扉)の向こうの世界から、何十人もの善男善女がぞろぞろと歩いて来て終わりとなるのだが、せっかく40話も見続けて来て、最後がこれではやや拍子抜けというか、説明不足というか、もう少しなんとかならなかったのかと最後に不満が残ってしまったのは残念だった。いかにも時間切れ、これで勘弁してという制作陣の内幕が垣間見えた感じだった。ドラマ後半になってからBCRの場面が急に増えたのも、何らかの背景がありそうなありそうな気もした。ちなみにこのドラマではキューバも大ナチス帝国の一角となっている。こちらの世界ではナチス・アメリカ側の初代元帥となっているジョージ・リンカーン・ロックウェル(我々の世界ではアメリカ合衆国で戦後活動していたネオナチ活動家)がフーヴァーの裏切りで元帥を解任され、キューバに送られてジョン・スミスの刺客により暗殺されるという場面がある。ここではカストロやチェ・ゲバラに出番はない。

下の動画では、「高い城の男」であるフィルムの収集家ホーソン・アベンセンを演じるスティーブン・ルートによるきわめて聴きやすい30分ほどの告知映像で、字幕もついていてわかりやすい。