パンデミックさなかの昨年2020年5月にドレスデンのゼンパーオーパーで無観客で上演された、C.ティーレマン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団演奏のリヒャルト・シュトラウス最後の歌劇「カプリッチョ」の模様が、先週末にNHK-BSプレミアムシアターで放送された。演出はニュルンベルク歌劇場監督のイェンス・ダニエル・ヘルツォーク、歌手は伯爵夫人マドレーヌがカミッラ・ニルント、伯爵:クリストフ・ポール、劇場支配人ラ・ロッシュ:ゲオルク・ツェッペンフェルト、作曲家フラマン:ダニエル・ベーレ、詩人オリヴィエ:ニコライ・ボルチョフ、女優クレロン:クリスタ・マイヤーといった顔ぶれ。
比較的最近の同演目の映像では、クリストフ・エッシェンバッハ指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団の演奏で2013年5月にライヴ収録されてウニテルからリリースされたブルーレイの記憶が新しい。そちらはルネ・フレミングの伯爵夫人にボー・スコウフスの伯爵、クルト・リドルのラ・ロッシュ、ミヒャエル・シャーデのフラマンにマルクス・アイヒェのオリヴィエ、アンジェリカ・キルヒシュラーガーのクレロンという、これまた豪華な配役に、マルコ・アルトゥーロ・マレッリの優雅でおとぎ話のような演出、お姫様のようなルネ・フレミングの歌と演技が思い出深い。演奏は最高級だけれども、舞台の演出は地味なのも多いウィーンのだし物にしては、よくできた美しい舞台だった。
そしてこちらのドレスデンとティーレマンの直近の演奏によるシュトラウス最後のオペラ。派手にオケを鳴らしまくるよりも、むしろ、味わい深く慈しむように室内楽的に奏でられる演奏のほうが印象に残る「カプリッチョ」は、シュトラウス円熟の境地を感じさせる作品。リブレットはクレメンス・クラウスとR.シュトラウス。作曲家フラマンのベーレと詩人オリヴィエのボルチョフは少々地味に感じたが、さすがに存在感抜群のツェッペンフェルトのラ・ロッシュは聴きごたえがある。カミッラ・ニルントの演奏は、直近ではベルリンの「ばらの騎士」の映像(参照:バイエルンとベルリンの直近「ばらの騎士」)がまだ記憶に新しいが、見た目の印象はその時のイメージがそのままスライドしたような感じだが、「月の光」の間奏曲に続く終盤の聴かせどころでは非常に質感の高いよくできたクラシックな衣装に着替えて、フラマンとオリヴィエの間で揺れ動く内面をしっとりと、しかし圧倒的な声量で文句なしに聴かせるのはさすがだ。面白いのは、オペラの冒頭の部分で伯爵夫人とラ・ロッシュ、フラマン、オリヴィエの4人が数十年後の老人となったメイク(老いた伯爵夫人は黙役)で登場しているので、結局マドレーヌはフラマンとオリヴィエのどちらかを決めかねたまま長い年月を過ごす、すなわち音楽も詩もともに愛したまま老いて行ったことが暗示されている。黙役の老いた伯爵夫人は終盤でも登場し、現在の伯爵夫人の内面の鏡としての演技をする。これは「ばらの騎士」の元帥夫人とも共通した描き方を思わせる。
作曲家と詩人の競い合いに加えて、ここでは演出家のラ・ロッシュもすべては自分が仕切らなければオペラは成功しないと豪語し、「もぐら」のあだ名のプロンプター(ヴォルフガング・アブリンガー=シュペールハッケ)も、普段はだれにも気づかれない縁の下の力持ちだけれども、自分が居眠りでもしようものなら、その時だけはプロンプターの存在が世に知れると歌う場面は笑いどころ。途中のバレエの挿入場面などもパロディ的なのだが、この演出ではパロディを越えて笑劇(ファース)かコントに近いしっちゃかめっちゃかな踊りとなっている。とは言え、演奏はもちろんのこと、全体としても違和感もなくよくできた舞台美術と演出、美しい衣装で、大変見応えがあった。ここでも、しっかりと co-production としてクレジットが入っているNHK、えらい!